スピリチュアル

リコネクションセミナー終了、そしてバパ・クランチャの来日、練習がスタート!

ふうぅぅ~~~!!!
日記を書く事もままならない程忙しい日々が続いていますが、先週末の金・土・日の3日間は「リコネクション・レベルⅢセミナー」でしたshine

「リコネクティブ・ヒーリング・レベルⅠ/Ⅱ」は、去年の11月にすでに受けていて、リコネクティブ・ヒーリングはすでにセッションを開始していますが、念願かなって、その上のレベルのリコネクションのセミナーを受けてきた訳ですhappy01

私がリコネクションを受けた後の日記↓
http://lakshmi-kumi.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_4a20.html

リコネクティブ・ヒーリングは、リコネクティブ周波数を流せるようになって、いくつかの手の動かし方を覚えれば、フリースタイルでヒーリングが出来ますが、リコネクションは、人の身体には触れず、でも人の身体の上に、アクシオトーナルラインと言うラインに沿って、厳密に図形を描いて行くのですね。

私は数学でも図形は得意だったし、カメラマン時代にものの角度やパースペクティブを肉眼で確かめる事には慣れ親しんでいるので、これはとても楽しかった。
角度とか、すごく細かく決められているのですが、それを自分のものにしていく作業も面白かったですnote

覚える事もたくさんあって、習得に夢中になっていたせいか「リコネクティブ・ヒーリング・レベルⅠ/Ⅱ」の時ほど、劇的なヒーリング体験はしませんでしたが、さらに深いワークなんだな~と言う実感がありました。

リコネクティブ・ヒーリングセミナーの体験↓
http://lakshmi-kumi.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-5946.html

今は詳しい事を書いている余裕はないのですが、また、11月の公演が終わったら、
改めて日記を書きたいと思います。

そして、やはり先週末、11月の公演のために、私とちづちゃんの師匠、バパ・クランチャがバリから来日しました!happy01

やっと、今日からバパを交えてガムランと踊りの練習が始まったのですが、いやいや、これから本当に頑張らないと!と言う感じです。やっと、公演の企画自体がグラウンディングして、走り出したと言う感じ。

まだまだ、私も踊りを頑張って完成度を高めていかなくてはいけないので、これから公演まで、怒涛の日々が始まりそうです。

さあ~!頑張るぞ~sign01

まだ、観にいこうかな?と思って、チケットを申し込んでいない方は、お早めにご連絡くださいね!wink

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変化する事を恐れない・前編【ダイエット成功秘話編】

昔から、退屈が大嫌い、刺激が大好き、冒険好き、ワクワクするのが大好き、新しいものに挑戦したり、変化する事が好きな私happy01

しかし、その反面、、自分でもビックリする位、頑固で、ある部分はかたくなに変化を拒むところ、ある部分には非常に恐れが強く避けて通る部分がある私pout

エネルギーワークを勉強するようになり、どんどん自分の中の古くなったこだわりや、いらなくなったエネルギーの掃除をし、変化が早まって来たと思うのですが、ここ数ヶ月の私の変化っぷりと言ったら、「本当にすごいな~!」と、自分でも素直に感心するくらいshine

流れが加速したのは、今年の3~4月にセドナに行って、その後、ヒーリングのアドバンス・コースを受け始めた辺りからですが、アドバンスを卒業した7月辺りから、またさらに加速がついてきたと言う感じです。

内面的な変化もさることながら、昨年の今頃から比べると実に6~7Kgも体重が減り、外見もずいぶん変わったし、踊りも軽く動きもシャープになって来て、本当に良かったと思いますhappy01
こんなに踊るのが楽に感じるようになるなんて、すごく嬉しい。まだまだ留学中の体重に戻すには2~3Kgダイエットが必要なので、11月の公演までには、もう一息減らすつもりflair

ダイエット成功の話は、いつか書こうと思っていましたし、きっかけは今年のお正月にバリで死ぬほど辛い食当たりをして、3日間ほどんど絶食して3Kg減ったのがきっかけです。変化は今年に入った辺りから始まっていたのですね。今考えると、あれは大きなエネルギーシフトの始まりでした。

セドナ旅行中の経験から受け取ったメッセージや、変化や気付きもとても大きかったですが、ダイエットに成功するきっかけになったのは、セドナ旅行中の私とトシさんと、Taeさんのこんな会話から。
食欲旺盛で、旅行中いつも「お腹減った、お腹減った~!」と、騒ぎ続ける私にトシさんが、「こんなにお腹をいつも減らしている女性は、俺の人生史上初めて見た!」、「私は飢え死にした過去世が一杯あるから、お腹減るのがいやだし、食べ物に執着があるんだよ!」と、私。(←半分冗談のつもりだったcoldsweats01
「その過去世、爆破した?」と、すかさずTaeさん。「やっぱりそれも爆破しなくちゃいけないかな?」と、私。「そりゃ、当たり前でしょ」と、すかさずTaeさん。

ああっ!これは盲点でした。食べるのが好きな私は「痩せなくちゃ~!」と思いつつ、「美味しいからいいんだもん!、運動たくさんしているし」と、自分のやや過剰気味の食欲を正当化して来たのでした。

何しろ、バリから帰国後9年間で9Kgも太ったし、踊りの先生たちには、もうちょっと痩せろと言われていたし、ヨガもこれ以上上達するためには、後は体重を落とすしかないと言うところまで来ていたのにね。

そこで私はその日から、バンバン!impactと「飢え死にした過去世」を爆破し、そこに詰まっていたエネルギーを開放し始めました。こういう風に書くと、何だかバカみたいですが・・・coldsweats01

人類の歴史なんて、飢えとの戦いみたいなものだし、みんな飢え死にした過去世なんて持っているのに、私の場合、そこにすごい執着を残して死んだ事が多いのですね、きっと(笑)。

だって、この24時間コンビニが開いていて、選ばなければいつでも食べ物が手に入る社会に生きていながら、私は
「今食べなければ、いつ食べれるか分からない!」
「急いで食べなければ、次に何が起きて食べれなくなるか分からない!」
と、言う、今考えてみると自分でも訳の分からない強迫観念のようなものに駆られていたのです。可笑しいでしょう?
この執着は、今、この瞬間のものではない事は明らかなので、バンバンと爆破したら、とらわれていたものが、すっきりと開放されていきました。

あともう一つは、何かを食べても
「私の食べたかったものは(欲しかったものは)、これじゃないような気がする」
と、感じてしまい、お腹が一杯なのにも関わらず、他のもの(例えばデザートとか)をさらに食べてしまうと、言う事が多かったと思います。

これは、現代の食べ物の生命力が弱まっていたり、農薬、化学調味料や、エネルギー的な問題も大きいと思いますが、根本は
「自分の子供時代に親から欲しかった形で愛されなかった、親からの愛情や期待は私が欲しいものではなかった」
と、言うところから来ている飢餓感だと思います。
その飢餓感を食欲で満たすのは簡単な事だし、
「でもこれは本当に欲しいものではなかった気がする」
と、思って、さらに別のものを求めてしまうのも、分かりやすいですよね?

これって、セックス中毒、買い物中毒、アルコール中毒など、様々な中毒症状に通じる飢餓感(心にぽっかり開いた穴)だと思います。

ここに詰まっていたエネルギーもバンバン爆破して解放していきました。親との問題は、ずいぶんワークして開放してきたつもりですが、まだまだ掘れば掘るほど出て来る来る。。。
向き合うのはしんどい事もあるけれど、そこを見つめてクリアにして行く事はとても大切だし、最終的に自分にとっても親にとっても楽な事なのですよね。

そこに必要以上の食欲に走らせるエネルギーが存在しているのに、そのエネルギーを一時的に押さえ込んで我慢してダイエットしても、一定期間が過ぎると、我慢していた分余計に爆発して元通りになってしまうのは、良くある事。
その食欲に走らせているエネルギーの原因を見つめていって、そのエネルギー自体を開放してクリアにして行く事が近道だし、大事なのだと思います。これはダイエットに限らず、人生全般にも応用できる事。

あと最近気がついたのは、痩せて手持ちの服のサイズが合わなくなって来てしまったのですが、「服を買いなおすのにお金や手間がかかって嫌だなあ・・・」と、一瞬ネガティブな思考が頭をよぎった事。

すごく小さい事だと思うけれど、「痩せたいけれど、服を買いなおすのがもったいない」とか、そう言う思考も、「変化したいけれど、めんどくさい。現状維持でもいいか~」と、変化を抑制する力になってしまう事もあると思います。

「変化したい、した方が良い」と、分かっていても、それに付随する様々な身の回りの変化を思うと、恐れの気持ちが出てきたり、億劫になってしまう事って、理由をつけて逃げてしまうと言うのは、人生の様々な局面でもあると思います。
しかし、そこで止まってしまって、恐れから逃げてしまったり、避けたりしていたら、いつまで経っても、そのままの自分のまま。自分を変えたかったら、そこは乗り越えなくてはいけない山なのです。

うう~ん、たかがダイエットについて書いても、これだけ人生全般について、応用できる事があるなんて、何だか素晴らしい~shine(←自画自賛系coldsweats01

一気に、その他のエネルギーの変化、怒りや恐れのエネルギーの解放、女性性のエネルギーの変化などなどについても書きたかったのですが、ダイエット関係だけで、これだけ長くなってしまったので、その辺りは後編にて!何とか連休中には続きを書きたいと思いますwink

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マイケル・ジャクソンの誕生日に想う

今日、8月29日は故マイケル・ジャクソンの51回目の誕生日です。
彼はこの日を迎える事なく亡くなってしまってから、もう2ヶ月が過ぎようとしています。

私はマイケルの生前は特にファンではなかったのだけれど(スリラーが流行っていた頃、一時好きだった位)、亡くなってから過去の映像を見て、歌を聴いて、改めて好きになりました。
その後、初めは動画サイト、CDやDVDを見て彼の事を知るにつれ、私たちがメディアによって信じ込まされてきたスキャンダルや奇行と報道されて来た事について、「どうもおかしい、この人はそんな奇妙な人ではなかったのでは?」と、言う思いが膨らんできて、マイケルについて書かれた書籍や、You tubeで見る事の出来るインタビューなどを、時間が許す限り見て、自分なりに、メディアで歪められて報道されて来たマイケルと、本当のマイケルの実像、彼は何を考えて、何を伝えたかったのか、調べてきました。

これから書く文章はかなり長いものになります。
私は今から10数年前まで、扶桑社と言う出版社の専属カメラマンを5年ほどやっていました。そう、以前は私もメディアの関係者で、その仕事が私の生活の大半を占めていました。
週刊SPA!の仕事を中心に、女性誌や、書籍の仕事の取材に同行し、写真を撮り、様々な人に会い、話を聞き、様々な場所を訪れました。出版の仕事、雑誌の仕事に関わる事は、若かったあの頃の私にとっては、とてもエキサイティングな事でした。
しかし、私はその生活が数年過ぎた頃、だんだん気がついてきたのです。

メディアは、何かを生み出しているのではなく、消費して食い尽くしているだけだ。
物事の本質より、今、何を書けばが一番読者を獲得出来るのか?と言う事の方が大事であって、物事を深く掘り下げ、創造的な事をしているのは、メディアの世界の10%にも満たないのでは?
メディアの影響力はとても大きく、時によっては、物事を生かすことも殺す事も出来る。そして、本当に大事な事は語られない。

もちろん、これは私が感じた事であって、そうは思わないメディア関係者もたくさんいるだろう。
でも、気がついてしまったからには、私はもうメディアに内側から関わる事は苦しくて出来なくなってしまった。
私は会社を、そして、プロとしてのカメラマンである事を辞めた。

これから書く事は、私がクレアボヤンスのスキルを使って得た情報も含まれます。
だから、人によっては、何でそんな事を断定的に言えるの?と思う事もあるかもしれません。そして、また引用する本の文章の中には、ある民族の名称が出て来たりもしますが、私は特定の民族を非難、糾弾、攻撃するために引用するのではありません。

「マイケル・ジャクソン裁判 あなたは彼を裁けますか? 無罪への全記録」
アフロダイテ・ジョーンズ著

2003年に児童虐待疑惑で起訴、逮捕され、2005年から裁判が始まった裁判の記録を、初めは反マイケル姿勢で報道し続けて来たアフロダイテ・ジョーンズ女史が、無罪判決が出た後、自分が事実を見逃していた事、マイケルの破滅を目論むメディア・マシーンの片棒を担いでいた自分に恥じ入り、マイケル側の立場から、裁判の記録を書こうと思い、マイケルの弁護士トム・メゼロウ氏(この方、めちゃくちゃ渋くてカッコいい弁護士です!)の協力を得て書き上げた本である。
マイケル側の立場から書かれてはいるが、非常に中立な視点で書かれているし、読み物としても大変面白い。

裁判の記録をここで書き始めると、長くなってしまうので割愛しますが、印象深い部分を引用します。

『しかし、「無罪」評決が法的に鳴り響いてはじめて、人々はあることに気づいた。眼前に立つスーパースターは、確かな証拠なしに、犯罪行為で起訴されたと言う事実である。突如として、マイケルに対する裁判は、巧妙な嘘のように感じられた。』

『裁判最終日のマイケルを見ていると、まるで二人の別人を見ているかのような気分になった。まずは現実のマイケル。そして、現実のマイケルを取り囲んでいるのが、人々が創りあげたメディア上のイメージ、曲解されたマイケルだ。「錯覚の世界」の鏡ん映し出されたかのような歪んだイメージある。メディアは後者のイメージを押し出すため、一定のカメラアングルや照明を駆使し、彼の鼻や頬、肌の色を際立たせていた。一方、現実のマイケルは身なりが良く落ち着いた、謙虚な雰囲気のある男性だ。実物のマイケルはタブロイド誌の描写とはかけ離れた、シャイで物静かな人物だった。判決の日。キング・オブ・ポップとして知られる男は、自身の名声の犠牲となった心優しき人物であることが、その顔つき、身振り、そしてオーラからはっきり見て取れた。彼には傲慢さの欠片もなかった。その顔立ちも、特におかしなところは見受けられない。また、服装やアームバンドも、そこまで常軌を逸していたとは思えない。常軌を逸していたのは、あらゆる手段を使ってマイケルをめった切りにしようと目論んでいたメディアの精神構造だ。』

『マイケル・ジャクソンはメディア・マシーンが創りあげた幻想となった。マイケルは変人(フリーク)であると決め付けることで、大金を稼ぎ出したマシーンだ。スーパースターを破滅させようとした、危険なマシーンである。そもそも、マイケルをサンタマリアの法廷に引きずり込んだのは、メディアの尽力、そしてバシールのドキュメンタリーだ。マーティン・バシールは、マイケルの善意を利用して名声を得た。そしてどういうわけか、マイケル・ジャクソンはその善意がきかっけとなり刑事追訴されたのである』

本当にこの本を読んで、「よくこんな内容でマイケル起訴、逮捕して、裁判に持ち込めたものだ」と、半ばあきれてしまった。
検察側が証拠としてあげているのは、告発した家族のころころと変わる、虐待されたと言う主張のみで、打ち合わせが足りないのか、それともその場でそれぞれが思いつきで演技しているのか、全く話がかみ合わないし、検察側の証人として呼ばれた人物まで、マイケルに有利になるような証言をしてしまうような場面も多々あった。
無罪になって当然、いや、ならなかったらアメリカの司法はどうなっているのか?と思うような内容だと思う。

下記のURLにアクセスすると、2003年の11月に逮捕された後、保釈されたマイケルのインタビューの日本語訳が載っています。
http://moonwalker.jp/interview/03_60minutes.html

衝撃的なのは、マイケルが警察署で暴行を受けた後の腫れ上がった腕を見せている写真です。本当にひどい事だと思います。そして、確かな証拠のない、後に虚偽と分かる告発で逮捕されたマイケルがこういう仕打ちを警察で受けた事はメディアではほとんど語られません。

そして、彼を苦しめてきたゴシップの一つ、肌の漂白疑惑ですが、まだ彼が「白人になりたくて肌を漂白した」と思っている人は多いのではないでしょうか?
マイケルは「尋常性白斑」と言う、肌がまだらに白くなってしまう病気(しかもかなり重症)、膠原病の「全身性エリテマトーデス」と言う、身体中どこでも炎症が起きたり、赤斑が出たり、関節痛、発熱、不眠などを伴う難病に罹っていました。

致死量の麻酔薬が投与された事によって、命を落としてしまったマイケルですが、1984年のペプシの事故の火傷以来、鎮痛剤が手放せなくなったとはよく言われます。
しかし、この「全身性エリテマトーデス」の症状の進行の方が、もしかしたら影響が大きかったのでは?と、個人的には思っています。
関節痛や全身の炎症を伴うと言われるこの病気にかかっていながら、あれだけの超人的なダンス、パフォーマンスをする事が出来ていたと言うのは、本当に本当にすごい事だと思います。

白斑については、1993年の最初の児童虐待の告発の時も、彼の性器の白斑が証拠となって争われており、警察や裁判所にも正式に病気として認められています。しかし、この事もほとんどメディアでは取り上げられません。

「なぜか?」

「尋常性白斑」で色素が失われた肌は紫外線に対して無防備になり、日光アレルギーを引き起こし、皮膚がんの危険も高まります。また「全身性エリテマトーデス」も日光アレルギーを引き起こすとも言われています。
メディアは、マイケルのトレードマークとなってしまった黒いマスクや、黒い日傘、白塗りの顔、サングラスをして出かける姿を写真にとり変人だ、奇行だと決め付けました。
そして、肌が白くなって言ったのは、白人になりたいから肌を漂白していると、嘘を何度も何度も繰り返して、人々にそれが事実であるように思い込ませました。
今更、「あれは嘘でした」なんて、メディアは認められないのでしょう。

興味のある方はこちらの動画を見てください。和訳がついているので分かりやすいと思います。
[Michael Jackson and Vitiligo] マイケル・ジャクソンと尋常性白斑症
http://www.youtube.com/watch?v=amKqa6hzN9w

知らずに批判する事の怖さ、傲慢さを思い知らされます。
マイケル自身のインタビューや、マイケルのメイク担当者、裁判で弁護を担当したトム・メゼロウ氏のコメントもあります。

汗でファンデーションが流れてしまっている写真を見ると何だか泣けてきてしまいます。
スーパースターでいつも人目にさらされてステージに立っている人が、このような外見の変化を伴う病気を持っていると言うのは、どんなに苦しいことでしょう。。。
病気で苦しんでいる人に、メディアやそれをちょっとでも信じた私たちは、それに追い討ちをかけていたのですね。
本当にマイケルにごめんなさいと言いたいです。
彼は一体どれだけの痛みや苦しみに耐えて、その中からあれだけすばらしい音楽、歌、ダンス、を生み出していたのだろう?
そして数々の慈善活動、人道支援までしていたのだから、本当になんて心優しく、強く、すばらしい人だったのだろうと思います。

マイケルの子供の事についても、事実なのかどうなのか分からないような報道がいろいろ出てきますが、上述のマーティン・バシールの番組に対する反論番組「裏切られたマイケル・ジャクソン」の中で、前妻のデビー・ロウが出産について語っているインタビューがあります。

裏切られたマイケル・ジャクソン 4/9 2003-03-08
http://www.youtube.com/watch?v=EgDRtGCID6o&feature=related

デビーの率直さと、思わず流した涙には感動しました。
マイケルの実の子か否かとか、いろいろ報道されていますが、真実がどうであっても、マイケルとデビーにとってプリンスとパリスは二人の間の子供なのだな、と思います。

メディアはマイケルに対して、ずっと残酷でした。
その残酷さが本格的に牙をむき始めたのは、前の日記にも書いたけれど、ちょうど、愛と平和と地球を癒そうと言うメッセージを歌う「Heal The World」、人種や文化の違いを乗り越えようと歌う「Black or White」のヒットの後、その後デンジャラス・ツアーで世界中を回っているの1993年頃でした。

世界には、戦争や差別がなくなると困ってしまう人、それらを利用して、自分たちに都合の良いような世界を創りあげようとしている人達がいます。
その人達の力は非常に強く、その人達はアメリカのメディア、いや世界の主だったメディア(日本も例外ではありません)を支配しています。

その人達にとって、きっとマイケルのような人々の意識、いや魂の奥深い所まで語りかけてメッセージを送ることが出来る歌い手は、無視出来ない存在になっていってしまったのだと思います。
彼らの計画では、これからも人々の中に恐怖や憎しみ、分断を生み出し続け、これからも戦争を起こし続け、彼らの計画を実行に移し続けなくてはならない訳ですから。

デンジャラス・ツアーのDVD「ライブ・イン・ブカレスト」を見て感じましたが、あの頃の彼は人類全体の集合無意識に大きな変革を起こすことが出来る位のエネルギーを持っていました。
コンサートのラスト3曲「ブラック・オア・ホワイト」、「ヒール・ザ・ワールド」「マン・イン・ザ・ミラー」のメッセージ性、そして歌っている時のマイケルのエネルギーの神々しさと美しさは、まるでこの世の人ではないみたいです。

Michael Jackson - Man In The Mirror Live in Bucharest

http://www.youtube.com/watch?v=FMLxlht0Yek

ある意味、こんなすごい事を1990年代の初めにやっていたなんて早すぎた、時代が彼に追いついていなかったような気がします。
彼は人種もジェンダーも超越した存在でした。
いや、それどころかステージに立って歌っている彼は人間を超越した存在のように見えました。
コンサートの会場でファンが「マイケルは神様からの贈り物」と言う横断幕をかかげているところが映ります。
またお兄さんのジャーメインも、マイケルの死後「マイケルは神様からの贈り物だったんだ」と発言していますが、私も彼が亡くなってから、彼からのメッセージを受け取り、そのように思いました。

マイケルが生きていたら、ロンドンでのコンサートを成功させていれば、と私たちファンは思いがちですが、起こってしまった事は、やはり受け止めなくてはいけないし、彼が亡くなった事によって、彼のメッセージは、ロンドンでのコンサートを成功させたより、世界中、地球上の多くの人にすばやく、広く、強く、確実に伝わったのではないか?と思います。

私もその一人です。
マイケルが生きていて、ロンドンでのコンサートを成功させても、きっと私にはメッセージが、今ほど強く効果的には届かなかったと思います。
マイケルからのメッセージは神様からの贈り物なのです。

話は変わりますが、今、読んでいる本「ユダヤ・ロスチャイルド世界冷酷支配年表」アンドリュー・ヒッチコック著から、少し引用します。

『CRF(アメリカのアシュケナージ・ユダヤ人によって設立された外交問題評議会)の最初の仕事はマスメディア支配だった。~中略~ マスメディアの支配は、単にロスチャイルドが聞きたくないニュースを検閲するだけが目的ではない。第一の目的は、どのニュースが重要で、どのニュースが重要でないかを強調することによって一般大衆を条件づけするための教育ツールとして利用する事にあった。一番いい例が新聞で、月替わりで適当な有名人の不祥事をでっち上げては一面トップに掲載し、われわれ一人ひとりに直接、または間接的に影響のある進行中の戦争については簡単な記事を中ページに埋もれさせたりする。』

この文章を一読しただけでは、マイケルとの関係性が急には結びつかないかもしれません。
しかし、マイケルが起訴、逮捕された2003年は何が起こっていたでしょうか?
そう、ブッシュ大統領がイラク戦争を始めた年です。
そして、イラク戦争が進行し、戦死者が増え、戦争が泥沼化し、イラクに大量破壊兵器がなかった事も公になり、ブッシュ大統領に批判が高まる中、マイケルに対する裁判が進行し続けていました。

9.11以降、世界の様子は混迷を極め、彼らの計画は着々と進行し続けているように思える時もあります。
メディアの流す情報は偏り、支配している人達の思惑、都合の良いように大衆は導かれて行っているように思える時もあります。
9.11について語り始めると日記がもう一つかけてしまう位なので、また日を改めたいと思いますが、その混迷中でも、確実に良い変化の兆し、何かが動き出し、光の方向へ歩みだしている事も日々感じています。
そう人類の集合無意識の変化と、それが持つパワーが、良い方向、光の方向に向かっている事を感じています。

私は瞑想している時も、普段も生活の中でも、マイケルの魂が、まだ地球の近くにとどまっているのを感じます。
これからの人類や、地球の変化をまだ見守っていたいと思っているようです。
「それこそが、僕がこの地球上に生まれてきた意味、仕事だったんだから」と、言いたいみたいです。

私たち一人一人がワンネス、宇宙との繋がりを取り戻し、メディアや他の存在に譲り渡してしまっている自分自身を取り戻す事、大事な事、最初の一歩だと思います。

最終的に彼らが勝つ事は出来ない。
なぜなら、魂の奥の奥まで彼らが支配したり蹂躙する事が出来ないし、私たちは永遠の存在であるのだから。
彼らが支配したと思っても、彼らの魂は生まれ変わったら、支配される側に回るかもしれないのだ。
全く無意味の泥レース。
でももうこんな事は終わりに近づいている。

マイケルの事をメディアを使って、いくら貶め、蹂躙しようと、メッセージを受け取った人の心の奥底まで操作する事は出来ない。
最後の最後まで、大きな仕事をしてくれたマイケル。
本当にありがとう!

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アドバンス卒業旅行と温泉三昧 その2

さて、分杭峠を後にした我々は、松本の美ヶ原温泉「和泉屋善兵衛」に向かいました。
http://www.izumiyaryokan.com/
明治時代に創業の歴史ある古民家風の作りで、風情があります。お風呂も露天風呂、足湯、貸切風呂、家族風呂他、何種類もあって、充実していそう。それに夕食もメインの料理を3種類好きに選べると言うサービスが嬉しい。

私たちが通された部屋は、別館にある2階のお部屋。お部屋の作りは古民家風で素敵なのだが、あまり人の出入りが多くないのか、通された時に、いやに空気がこもっていて、ちょっと嫌な雰囲気があったので、4人総出で大浄化大会。ゴーストバスターズ参上って感じですねdash

さて、だいたいお部屋がきれいになったところで、夕食前に露天風呂に直行!spa
木の湯船の匂いも気持ちよく、外の空気も気持ちよく、ほとんど貸しきり状態だったので、私はまた風呂の中で泳いだり、バシャバシャやったりでおおはしゃぎhappy02

お風呂の後は、お楽しみの夕飯。すっかり食べる事に夢中になってしまって、写真を撮るのもすっかり忘れ、何を食べたのかもほとんど記憶にない有様ですが、どれもこれも美味しかったです!

そして夕食後は、今度は貸切風呂へ。ここでは、他の誰も入ってこないから、スクールでの経験や、自分の個人的な話、家族の話など、プライベートな話題で盛り上がる。いや~、女4人の温泉旅って言うのも、オツですね~happy01

私とトモちゃんは、その後、また露天風呂によって、すっかり湯だってから、部屋に帰り、今度はマッサージ大会などをしてから眠りにつきました~。

朝食は、オーナー自ら焼いた玉子焼きや、その場で火で温めて作る手作り豆腐など、美味しいものがたくさん。お腹いっぱい食べて、コーヒーを本館の風情あるロビーで飲んでから、旅館を出発!

その後は、2つほどワイナリーを巡り、ワインや野菜などを買い込みました。どこに行っても野菜が新鮮で、とても安い!
一昨日の夜、ここで買った野菜を使って、ラタトゥイユを作りました~lovely
美味しい野菜って、本当に食べていると幸せになりますnote

その後は、天気がイマイチ悪いけれど、せっかく来たからビーナスラインへ。そして、私がネットで見て「是非、行ってみたい!」と思った、名物のすごい高さのかきあげがある「利休庵」と言うお蕎麦屋さんへ。
http://www.rikyuan.net/index-m.htm

ここのお店で使ってある野菜は、自家農園で、自然農法によって作られているこだわりの野菜達。野菜好きの私にはたまりません。かきあげはてっぺんにエビが乗っています。もちろん、蕎麦は手打ちです。

これが名物かきあげ。
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私以外の3人は、韃靼そばと普通のそばの二色盛りと、かきあげと天ぷらをシェアして食べていました。
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自家製野菜のサラダ。このボリュームで500円。信じられないでしょ?
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私は冷やしかきあげ蕎麦を食べました。
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美味しかったです~!note

その後は、M・Iさんお勧めの山梨市にある立ち寄り温泉「ほったからし温泉」に立ち寄りました。

富士を望み甲府盆地を見下ろす眺望と”星空が天井”と謳われる夜景が売りのダイナミックな露天風呂です。浴場は2箇所あって、名前は「あっちの湯」は「こっちの湯」。私たちは甲府盆地を一望できるロケーションの「あっちの湯」に入りました。

この時も雨が途中まで降りそうで、眺望を心配したのですが、私たちが風呂に入ったら雲がどんどん切れて、日まで差し始めました!sun
またここでも晴れ女ッぷりを発揮してしまった私happy01good
雄大な景色を見ながら浸かる温泉は、また格別な味わいがありました。

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お風呂から上がる頃には、雲間から富士山まで見え始めました!fuji
こーんな雄大な景色を目の前に温泉に入っていると、何だか裸でいるのも自然な気分になってきてしまいます。いや~、すばらしい開放感でしたshine

その後は、また音楽を聴いたり、よもやま話をしながら、楽しくドライブし(M・Iさん、ありがとう!)、帰路に着きました。

ところで、私は卒業旅行のリチュアルの最中辺りから、疼きだした口内炎がこの日に噴出し、帰りの談合坂で食べたほうとうを飲み込む時は、かなり食事をするのが困難になっていました。この口内炎も右側の舌の付け根に出来ています!

私は風邪を引かない分、毒素を出す時は、口内炎という形で出る事が多いのですが、これが、のどのリンパも腫れるし、舌の付け根に出来るので(しかも1センチ弱くらいあるので、相当痛い)、耳まで響いて頭はガンガンするし、この一週間は、かなりの痛みに耐え、辛い思いをしました。

レバナのリチュアルを受けてからのエネルギーシフトの影響と思われます。この辛い口内炎、大体半年に1度くらいしか出ないのに、今回は5月にも出来て、今回7月にも出来てしまいました。いやいや、このアドバンスコースを受けていた時のエネルギーシフトのすさまじさを表していると思います。

その他、この数ヶ月は、右半身の足の外反母趾の痛み、膝の痛みが5月にひどくなり、その後は、肩や背中の右側の集中的なこわばり、肩こり、最後は口内炎と言う形で出ました。

取り組むべきテーマは見えているのですが、なかなか真正面から向き合うのがヘヴィだったりして、まだ後回しにしている問題もあります。やっと、卒業旅行も終わって落ち着いたので、これからまた自分と向き合うワークを続けて行く作業が続きそうです。

その他、アドバンスコースを受けてきた中で、経験した変化、気がついた事などいろいろあるので、その辺りもおいおい日記に書いていけたらな~!と、思っています。実りの多い、この4ヶ月間でしたwink

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アドバンス卒業旅行と温泉三昧 その1

1週間前の事になりますが、7月25日~26日にヒーリングのアドバンス・コースの卒業旅行がありまして、その後、気の合う仲間たちと松本の温泉に泊まって来ましたnote

ヒーリングのアドバンス・コースは4月~7月の4ヶ月間だったのですが、思ったより内容が濃くて、その間中、エネルギーシフトの波が何度かやって来て、肉体的にも精神的にもなかなかハードだったので、無事に終わって卒業旅行を迎える事が出来て、本当に気持ちも楽になり、開放感で一杯でした~happy01

おまけに気の合う仲間、トモちゃん、M・Iさん、M・Kさんと、その後、松本の美ヶ原温泉に一泊する予定だったので、とても楽しみでした。

M・Iさんが運転してくれるレンタカーで、私たちは他のクラスの人たちとは別行動で出発!

車の中では音楽を聴いたり、話をして盛り上がったりしながら、あっと言う間に
諏訪インターへ。ここで、おぎのやの釜飯を食べましたnote
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ここの釜飯は、母の郷里が新潟の上越市なので、子供の頃は帰省の度に、横川の駅で買ってよく食べていました。なつかしい味でしたね~lovely

その後は、温泉好きのM・Iさんがアレンジしてくれて、諏訪湖半の立ち寄り温泉片倉館へspa

明治6年に片倉財閥によって建設された、風情ある洋館の中に温泉はあります。お風呂も大理石作りの風情ある建築で、湯船も広く100人が一度に入れるそうです。
http://www.katakurakan.or.jp/

お風呂は深さも深く、私が立っても肩の下くらいまでの深さがあったので、温泉ではじっとしていられない私は大喜びで端から端まで何度も行ったり来たりしながら温泉を楽しみましたnote

その後は諏訪大社下社に参拝。
http://park14.wakwak.com/~systemheart/suwataisya/

まずは秋宮へ。この旅行中は、九州や山口に大雨を降らせた前線の影響で、天気が不安定で、秋宮に着く直前からバラバラと雨が降り始めました。
私は強力な晴れ女ですが、車に乗っている今回のメンバーは全員晴れ女のはず。そこで私は伝説の晴れ女パワーをここで発揮しようと気合を入れました。

龍の口から温泉が出ています。駐車場からの入り口にありました。すごい熱々で、とても口にはふくめません。
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秋宮の神楽殿の前まで来てもまだ雨は上がりません。
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しかし!ここで私は気合を入れて、もう一度、晴れ女パワーを搾り出したら、なんと、参拝する前に日が差してきたではないですか!?sun
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また晴れ女伝説を更新してしまいました!!happy01

神楽殿のぶっといしめ縄
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その後、春宮にも参拝しましたが、こちらは工事中で、ちょっと風情はなかったです。
春宮にあった二股の杉。縁結びのご利益があるそうです。
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その後は、卒業旅行の宿泊先、気の里・入野谷へ。
http://www.ina-city-kankou.co.jp/cms/modules/tinyd2/
ゼロ磁場で有名な分杭峠に行く方などが良く利用される宿のようです。
http://bungui.fineup.net/

ゼロ磁場とは、私は今回初めて知ったのであまり詳しくはないのですが、中央構造線と言う大断層の上にあって、両側から押し合う力によって、エネルギー無いゼロに近い場があるそうです。実際、入野谷で磁石を使って実験をしましたが、磁石はくるくる回ってしまいました。

今や、新たなパワースポットとして、気の癒しを求めてくる人が増えている場所のようです。私たちは温泉で遊んできて時間がなかったので、明日、卒業旅行の解散後、行く事にしました。

スクールの仲間と合流し、夕食の後は、レバナの卒業のためのリチュアル(儀式)を受けます。
入野谷の夕食。なかなか美味しかったです。
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リチュアルの事はあまり詳しくは書けないのですが、外で火の儀式をやる予定だったのに、夕方にスコールが来てしまい、せっかく用意したものが水浸しで台無しになってしまい、急遽、入野谷の隣にある体育館でやる事に。

卒業生61人とスタッフとレバナが入れる大きな円を急遽作り、東西南北、土、火、水、風の四大元素をつかさどる大天使達(ウリエル、ガブリエル、ラファエル、ミカエル)を呼んで、それから儀式は始まりました。

レバナのリチュアルは私は何度も受けた事がありますが、今回は人数がいつもよりずっと多いので、なかなか時間もかかったし、エネルギーもすごかったと思います。

私はリチュアルの最中、右の腰に痛みを感じました。ここ数ヶ月、私はずっと右半身の痛みやこわばりに悩まされてきましたが、今は右半身に溜まったエネルギーを開放するのがテーマのようです。
その他に、リチュアルの最中、急に鼻が出てきたらしく、ずっと鼻をかみ続けている人もいたし、後でトモちゃんに聞いたら、やっぱり腰に痛みを感じたそうで、他にもそう言っている人がいたそうです。リチュアルの最中から、もうガンガンにエネルギーシフトが始まっていたのですね。さすが、レバナパワー!!shine

レバナのリチュアルが終わった後、M・Kさんの部屋に移動して、10月に結婚の決まったT・Kちゃんのためのリチュアルをトモちゃん主導で、仲間内で行いました。私はスクールでも担当する事の多い、お部屋の浄化係り。
トモちゃんの考えたリチュアルは、「ほぉ~~!!」と思うくらい良く出来ていて「さっすが、元魔女!(前世でね)」と思うような感じでしたね。

一夜明けて、今度はワークショップで、白い丸く切った布に自分のヒーリングスペースを作るために絵を描いて行くという事をやりました。

真ん中は丸く空けて、スピリットを象徴する自分の気に入ったシンボルを描いて、後は四つに区切って、地、火、水、風の四大元素を表す絵を描いて行くと言うもの。
私はもともとお絵かきが大好きなので、かなり楽しんで描きましたが、事前に内容を教えてくれれば、自分の描きたいシンボルを調べていったのになあ・・・と、ちょっと残念でした。

ワークショップが終わり、入野谷をチェックアウトし、お昼を食べに「野のもの」と言うレストランへ。
http://www1.inacatv.ne.jp/~nonomono/
ここで、マクロビ風のお弁当をいただきました。動物性食品は一切使っていないので、ビーガンの方も安心して食べられます。
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味付けも絶妙で、素材も新鮮で、本当に美味しかったですhappy02
ここはおみやげ物屋さんも併設していて、その他、地元で取れた新鮮な野菜も売っていたので、私はナスや黄色いズッキーニなどを買い込みました。

その後は、スクールのみんなと別れて、我々4人は分杭峠へ。行く途中はきれいに晴れていたのに、峠に近づいて行く途中からだんだん怪しい雲行きに。
かなり標高もあがって来たので、外に出たらかなり涼しくひんやりとしていました。ゼロ磁場だからなのかどうか、とてもいい気持ち!
その後、瞑想する場所に近づいていくにつれ、身体が軽くなって行く感じ。右の腕もぴりぴりしびれ始めた。

まず、いろいろ身体に良い効能があるというお水を、足場が悪い中、ロープを伝い何とか、ペットボトルに汲んで、またロープを伝い、瞑想用に作ってある木のベンチに何とかたどり着いた。

「さて、やっと瞑想が出来るわ~!」と、落ち着いてランニングエナジーを始めて3分も立たないうちに、なんと雨がザァアァァ~!!!っと、すごい勢いで降ってきたrain
「こんなの私の晴れ女パワーを使えば!!」と、思って気合を入れて、傘を差しながら瞑想を続けてみたけれど、雨は強くなるばかり・・・
ゼロ磁場では、私の晴れ女パワーは通用しなかったみたいbearingホウホウの体で、ゼロ磁場を後にした我々でした。。。
ゼロ磁場の気を自分の身体を通じて感じてみたかったのに、今回はそれば出来ずに残念。まあ、また来いと言う事なのかな??

この後、その2に続く~!

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マイケル・ジャクソンが残してくれたもの

マイケル・ジャクソンが亡くなって、もうすぐ3週間ほど経ちます。
私は特にマイケルのファンと言う訳ではなかったのですが、亡くなってから改めてYou tubeや、追悼番組などで、彼の歌やダンス、パフォーマンスを見て「本当に素晴らしい最高のアーティストだったんだなあ・・・」と感じています。

私が洋楽を聞き始めた頃は、ちょうど「スリラー」が大ヒットしていた時期でした。マイケルの上質なヴェルヴェットのような声、その歌唱力、ダンスの素晴らしさ、ビデオの完成度などに、素直に「すご~~い!!」と思っていました。「ああ、青春の1ページ!」って、年がバレますねcoldsweats01 彼がいなくなってしまって、今さらながら本当に寂しく感じますweep

亡くなってみて、失ってみて、彼がどれだけ世界の人々に共感と感動を生んだ偉大なアーティストだったか、でも、どれだけの心の痛みを抱えていて孤独だったか、そして、どれだけひたむきにピュアな愛と平和を求めたのか。そして、どれだけ沢山の誤解と中傷に満ちた人生だったのか。。。。と言う事をヒシヒシと感じています。

私も、彼が亡くなるまでは、近年のマスメディアによる、誤解と中傷に満ちた中立ではない報道に振り回されて、彼の本来持っている大切な部分を見ていなかったと思います。亡くなってみて、彼がいったいどう言う人だったのかと言う事が、だんだん薄皮がはがれるように、彼の魂の本質の部分が見えるよう、透明になりつつあるような気がします。

そんな時にヨガ友のyukaさんのブログ、「海とハイテクとアシュタンガ!」の「マイケル・ジャクソンのBen」と言う日記に大変共感したので、ご紹介します。
http://tokyo-yoga-monaka.blog.drecom.jp/archive/375

マイケルがまだ少年だった頃のヒット曲、映画「Ben」のテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=U36DO_nrJeA

本当に少年ならではの清らかで切ない美声、これだけの才能があったら、世間は放っておかないだろう。

~yukaさんの日記より抜粋~
せつない美声を聴いていると、そのなんともいえぬ清らかさになぜか涙が出てくる。マイケルはこんなに才能に恵まれたからこそ、大人になったときの人生に影を落とすような幼少時代があったんだろう。

バガヴァッド・ギーターの勉強会で先生が言うには、今生でいくらお金が稼げるとか、どんな仕事をするとか、どんな友達と出会うとか、全てはカルマで決められているという。今生で起こっていること全ては前世で自分の魂が決めてきたことだと。ただし、今生で悟りを開くことができるかだけは自分の努力にかかっているという。

私はこの考え方に100%賛同はできない。ただ、もしマイケルが少しでもそのように思えたら、受け止められる部分も多かったのかもしれない。お父さんに鼻が変だと言われたって、自分が選んだ大切な鼻だと思えていたら、そして子供を金づるだと思って厳しい練習を強いたお父さんも、自分が選んだお父さんだと思えていたら・・・。

yukaさんのこの記事を読んだ時、私も切なくなって、泣けてきそうになりました。本当にそう思えていたら、マイケルの人生はずいぶん違ったものになったろうに・・・。
そして、このスーパースターの抱えていた苦しみや痛みは、私たちにも共通する苦しみや痛みだと思うのです。

私もここ数年、様々なセラピーやヒーリングを受け、そしてレバナ先生の元、スピリチュアルの勉強をずっと続けてきていますが、分かってはいても、自分自身を100%受け入れる事、そして両親を自分のハイアーセルフが選んで生まれてきた事を100%受け入れるのは、なかなか容易な事ではありません。

私も、バガヴァット・ギーダーの先生が言う事には100%賛同できません。しかし、今生のテーマは、生まれる前に自分のハイアーセルフが決めて、私たちはこの地球に生まれてきます。その設定したテーマを学ぶために最適な境遇、両親の元に、性別、容姿などを選んで。
でも、大体の人はその事を成長する過程で忘れてしまったり、見失ってしまったりします。私たちが「どれだけ充実した人生を送れるか?」と言うのは、「その本来の目的をもう一度見つけ、どれだけ本来のテーマに沿って生きられるか?」と言う事なのではないでしょうか?

そして、どれだけ「今、ここ、この瞬間」に生きられるだろうか?と言う事だと思います。今ある状況を受け止め、逃げないで自分に向き合うと言う事かな?と。

同じくスーパースターのマドンナがYogaなどをライフスタイルに取り入れて、地に足をつけた生き方にうまく転向していったのと対照的に、マイケルはおとぎの国、ファンタジーの世界を追求して行ったような気がします。
人間は現実の存在だから、そのギャップを埋めるために、整形や鎮痛剤が必要になってしまったのでしょうね。。。
マイケルの魂は、今度生まれてくる時は、どんなテーマを設定して生まれてくるのでしょう?

そして、どれだけ彼がマスメディアによって中傷され、誤解をされてきたかと言う事も、マイケルが亡くなって、改めて思い知らされました。
尋常性白斑と言う、皮膚がまだらに白くなっていってしまう難病にかかっていたのに「白人になりたいから皮膚を漂白している」とか。。。

今日配信されたニュースで、オノ・ヨーコが、マイケルに追悼メッセージを送っていました。

その記事からオノ・ヨーコのメッセージを抜粋します。
「しかし、人種差別も含む様々な理由で、世界は彼に対して不親切であることを、マイケルは知っていました。それは彼にとって辛いことだったに違いありません。世界に愛されようと様々な試みを行なった彼ですが、その結果、それと同じぐらいの痛みを受けたのです。」

私が注目したのは「人種差別を含む様々な理由で」と言うくだり。

ジョン・レノンとヨーコはLove&Peaceを訴え、反戦運動、平和運動に取り組み、その結果、ジョンはFBIなどからマークされ、様々な妨害行為などを受けました。そして、1980年に5年ぶりに音楽活動を再活動させた矢先に、狂信的なファンを名乗る精神疾患のある男にピストルで射殺されました。ジョンの死は暗殺であると言う説は、今なお囁かれており、ヨーコも息子のショーンも精神疾患のある男による殺人とされている死因を信じていないとも言われています。

マイケルが最初の児童虐待疑惑で訴えられたのは、ちょうど、愛と平和と地球を癒そうと言うメッセージを歌う「Heal The World」、人種や文化の違いを乗り越えようと歌う「Black or White」のヒットの後の1993年でした。

アメリカの9.11テロの後に、よく流されていた音楽がジョンの「イマジン」と、マイケルの「Heal The World」だったと言う事も、マイケルの歌が人々の想像力を喚起させるパワーがとても強かった事の表れだったと思います。世界に戦争や対立や差別がなくなってしまっては困る人達は、ジョンやマイケルの歌の持つ力を良く知っていたのでしょう。

マイケルはその後、9.11テロの犠牲者へのチャリティーソングを企画するが、レコード会社の圧力によってCDの発売は実現しなかった。そして、第2期目の政権を目指すジョージ・ブッシュの政治方針に反対し、民主党の資金集めの協力のために2002年に「Heal The World」、「Black or White」を披露している。
そして、2003年にノーベル平和賞にノミネート、その直後から、2回目の児童性的虐待疑惑で裁判に巻き込まれています。

この符合は一体何なのでしょうか?

もちろん、マイケルの方にもマスメディアに突っ込まれるような隙や、誤解を受けるような行動はあったと思うし、児童虐待と逆手に取られてしまうような子供たちとの付き合い方もあったのだとは思いますが、やはりこのような符合に気がついてしまうと、改めて「マスメディアとは何なのか?」と、そして「裏に隠されている意図は?」と考えされずにはいられません。

~オノ・ヨーコの追悼メッセージの最後の言葉~
「マイケル、あなたは今そのような事柄から解放されたのです。安らかに眠ってください。私たちはあなたのことを決して忘れず、私たちにとって大切な存在だったあなたのことをずっと愛し続けるでしょう。」

マイケルの残してくれたものは、とても言葉では言い尽くせないと思います。本当にこの地球に、この時代に生まれてきてくれて、ありがとう! 安らかに眠ってくださいshine

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5月のアドバンスの授業と、もうやんカレー渋谷店と、村上春樹

久しぶりの日記ですhappy01

月の後半はクリアサイトの透視のインターンの授業と、ヒーリングのアドバンスコースの授業や実習やらで忙しい日々なので、書きたい事があっても、消化しきれなかったり、時間が取れなかったりで、なかなか日記にまとめるのが難しいのですね~。

特に今月のアドバンスコースの内容は、すごく充実&なかなかヘヴィ級の内容で、自分の中で抑えていたものが色々もわもわ出てくるのが分かり、シフトの波に乗るのがちょっと大変でした。

今月の授業では、主に筋反射テストを使って、どういう食べ物や物、人などが免疫力を上げたり下げたりするのかを調べると言う事と、眼球を左右に動かす運動を通じて、コアピクチャーに溜め込まれたエネルギーを解放するワークと、肉体に溜め込んだ感情やエネルギーをブレスワークを通じて解放していくと言う事をやりました。

筋反射テストはただひたすら「楽しい~!!」と言う感じで終わったのだけれど、眼球運動と、ブレスワークは、すご~くヘヴィでパワフルなワークでした。
参加している生徒さん、みんなも終わった後、ヘトヘトだったんじゃないかな?

しかし、眼球運動も、ブレスワークも終わった後、通常のフルヒーリングをするのですが、その時、自分がヒーリングされている時も、いつもより解放したい、解放する準備が出来たエネルギーがモワッと出ているのが分かるし、自分がヒーリングするする時も、相手の人から、そういうエネルギーがいつもより強くモワモワ出ているのが分かる。
もちろん、そのエネルギーは片っ端からガンガン取ってもらったし、ガンガン取って行きましたがsign01

いやいや、私もクリアサイトに入る前から、そして卒業してからも様々なセラピーや、ワークを通じて、自分の中の抑圧されたエネルギーを解放して来たと思うけれど、「こんなにまだまだあるなんて!」と、ある意味びっくりしました。

それでなくても、5月は半ば頃からシフトに入っていたみたいで、やたらと眠かったのに、アドバンスの授業を受けた後の先週は、眠くて眠くて会社でもつい居眠りをしてしまい、資金移動の大切な仕事で(でも単純作業だから眠くなる)、一桁間違えていたのに気がついて、これまたビックリ!
もちろん、ちゃんと修正して事なきを得ましたがcoldsweats01、居眠りまでしちゃうとは、なかなかない経験。それだけ、シフトがヘヴィだった言う事ねcoldsweats02

そして、アドバンスの最後の実習の水曜日は、トモコちゃんや、他数名の仲良しさん達と新しく出来たもうやんカレー渋谷店で打ち上げ&お疲れ様会happy01note

何を隠そう私は「もうやんカレー」の長年の大ファンlovelyheart01

やはり、もうやんカレーの大ファンの友人Nちゃんと、もうやんカレーの会を定期的に開催していたが、昨年8月にNちゃんのアメリカ行きのお別れ会を西新宿「もうやんカレー」大忍具(ダイニングと読みます)で開催して以来、行っていなかったから、新しい渋谷店に行けるのは、もう嬉しくて~heart02

行ってみたら、店内は西新宿のお店より、随分さわやかな感じ。味は変わらずの美味しさでした。
お店が暗くて、良い写真が撮れなかったのでUp出来なくて残念ですが、やっぱり、きのこカレーと、葱カレーは外せません!!!
あと、エビカレーと、ドライカレー、シーフードサラダをいただきました。ああ、美味しかった~happy01

木曜日は、相変わらず眠く、仕事中もあまり集中出来ず・・・・。
「今日は早く帰って、ご飯食べたらもう8時くらいから寝ちゃおう」と、考えていました。

しかし、その日は私の大好きな村上春樹氏の新刊長編「1Q84」の発売日。
5年ぶり位の長編だし、話題になっていたから、「初日に買っておかないと売り切れるかも!?」と思い、帰りにBOOK1とBOOK2、2冊とも買って帰りました。

晩御飯を食べた後、歯を磨いて、顔を洗って、早々に布団にもぐりこみ、「寝る前にちょっとだけ読もう」と思って読み始めたら、これが!面白いsign03

もう、物語の吸引力にすっかり絡め取られてしまったようで、止まらなくなり、どんどん夢中で読み進め、気がついたら夜中の3時sign01を回っていました。7時間くらい、ぶっ続けで読んでいたことになります。

帰ってきた時の身体の疲れや、シフトに伴う眠気やだるさなど、どこへやら!?
もうすっかり吹っ飛んでしまいましたが、さすがに寝ないと次の日の仕事に差し支えます。

結局、金曜の朝起きた時は4時間位しか寝ていなかったのに、寝不足の日特有の気だるい感じや、眠くて起きれないという感じは、まったくなし!
金曜日は午後半休を取って「ルーブル美術館展」を観に行ったのですが、頭もスッキリ、身体もピンピンと元気で充実した一日を送れました。

家に帰ってからは「1Q84」の続きを読み、2日で2冊を読破しました。

この「1Q84」は、本当に期待通りに、いや期待以上に面白かったし、何よりも物語の持つ力、引き込む力、村上春樹氏の力量に圧倒されました。

私の個人的な村上春樹氏の小説のBEST3(順不同)
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」
「ねじまき鳥クロニクル」
「羊をめぐる冒険」
に新たに加わると思います。

「1Q84」を読む事によって、今回のシフトに伴うモワモワ感と眠気は、すっかりピッタリ治まり、どこかに昇華され、消えてしまいました。まさに小説を通したセラピーですねshine

村上春樹氏は、物語を通じて、個人個人の潜在意識や無意識の領域に眠っている画像やエネルギーにアクセスして表面化し、そしてそれらを物語を通じて昇華する事が出来る、そしてそれを多くの人に働きかける力量を持つ稀有な作家なのだと思います。

これだけ彼が日本で、世界で評価され、愛され、多くの読者を魅了している理由が分かった気がしました。

しかし、この「1Q84」、個人的には「村上さんは、絶対続編を書くつもりなんじゃ!?」と思います。
「ねじまき鳥クロニクル」も最初に2冊出た後、1年くらい経って、3冊目が出たし、この終わり方じゃ「青豆は拳銃を口に突っ込んで引き金を弾いた後どうなったの?」「天吾と青豆はめぐり合えるの?」「ふかえりはどうなる?」「リトル・ピープルの正体は?」と、気になる事が尽きない~!

ああ~、早く続編を書いて欲しい!村上さん、よろしくお願いしますsign03

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ヒーリングのアドバンス・コース

4月から念願のクリアサイト、エナジェティック・メディスン・ヒーリング、アドバンス・コースが始まりましたhappy01

約2年前に卒業した、エナジェティック・メディスン・ヒーリングで学んだテクニックも、全て使い切れていないのが実情で、忘れかけているテクニックもあり、4月の授業は良い復習、また新しいテクニックを教わる事が出来て、とても充実していました。

誘導瞑想もしばらく振りにやってみたし、レインボーポールなど、会社の会議中とかにも実験できそうなテクニックも教わりました。

その中でも特に面白かったのが、内臓にたまる特定の感情と、それぞれの臓器の関係について。また、特定の臓器と、目や耳、口などの関係についてでした。

今までも大まかに、

肝臓は「怒り」をためる
腎臓は「恐怖」をためる

などは知っていて、ヒーリングのセッションでも、それを生かしたアプローチも行っていましたが、レバナ先生からちゃんと習うのは初めてだと思う。

「肝臓」は「目」と繋がり、「怒り」をためる。
「腎臓」と「副腎」は「耳」と繋がり、「恐れ」をためる。
「脾臓」は「口」と繋がり、「心配」と「不安」をためる。

などなど、特定の臓器の疾患と、どのような感情がリンクしているのかを改めて習う事が出来て、また、臓器の浄化とエネルギーのチャージの方法も習う事が出来ました。
これからヒーリングの実践に使って行くのが、とても楽しみです~happy01

ここのところ、問題を見るときはクレアボヤンスのテクニックを使って見ていたのですが、久しぶりに授業の中で、エナジェティック・メディスンのテクニックを使って、ヒーリング・オフィスを通して見る手法を使ってみて、以前より、すばやくクリアに見えるようになっている自分にちょっと驚き、嬉しくなりました。

アドバンス・コースは4ヶ月なので、あと残り3ヶ月ですが、この先もとっても楽しみですねheart01

次回のヒーリングDayは、5月31日(日)ですが、新しく勉強したヒーリングのテクニックをさっそく使ってみるのが楽しみです~happy01

リコネクティブ・ヒーリングの方も、引き続き半額キャンペーン期間中で、6000円で提供しますので、お見逃しなくsign01

詳細は、また明日Upしますねwink

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セドナ旅行記7 最後に

セドナへの旅行は、行く前から断片的に見えていたネイティブアメリカンとしての過去世の画像を繋ぎ合わせ、その頃、私の中で浮上していた様々な感情的な問題との繋がりを見て行き、浄化し癒していく内面への旅でもありました。

ネイティブアメリカンとしての過去世の画像は、ヒーリングのスクールが始まった2年半位前に断片的にアメリカ中西部の草原や山脈、そして馬に乗った壮年の男性の姿が、うとうとしている時に見えていた位でした。

去年の11月、バリ舞踊仲間のTちゃんのリーディング・セッション中に彼女のオーラの中にネイティブアメリカンの若い、髪を三編みをした女性の姿が見えたので、その事を彼女に伝えました。その女性は彼女の過去世の女性、彼女にとって大切な鍵になる画像なのです。

その画像は彼女にピタッとはまったらしく、「自分でもなぜかずっとその様に感じていたし、アメリカ中西部の大地の映像を見ると懐かしくて、私はここにいたことがあるんだ、と感じていた」と、言っていました。

私はそのTちゃんと一緒に踊る事もあり、ちょうどその頃、一緒に練習をずっとしていました。以前から彼女と一緒にいると、彼女が可愛くて、守ってあげたいと言う気持ちになるし、実際、よく抱き合ったり、私が彼女の頭をナデナデしたりしていた、それがすごく自然な事のように思えていたのです。

そして、セドナに行く前に、私とセドナ、ネイティブアメリカンの過去世と繋がりを瞑想中にずっとたどって見て行く日々が続いていました。

そうしたら急に「守れなかった私の娘」と、言う言葉が降って来た。ハイアーセルフからの情報です。

その時、急に「Tちゃんは、ネイティブ・アメリカンの時の私の娘だったのだ」言う事が分かりました。戦いの中で彼女を亡くしたのだと言う事も分かりました。

そして、その頃と時を前後して、私は仕事場で起こる様々な出来事に、怒りがこみ上げてくるのを押さえられない日々を送っていました。

私に直接降りかかった問題ではなかったけれど、ある部署で様々な問題が発生し、3人もの事務の女性が辞めていっていました。

あまり詳しい事は書けないのですが、その辞めていく女性達のやっていた仕事を私が以前していた事もあり、その量はベテランの私でもこなせないと言うような内容と量だったのです。そのうちの一人からは相談を受けていた事もあり、もともと正義感の私は、自分に直接関係ない事なのに、その辞めていく人達の上司への怒りがこみ上げてくるのを押さえられなかったのです。

瞑想中にいろいろワークして、少しは軽くなっても、また同じような感情が湧いて出てくる。
自分がすごく正義漢だったり、権力に対する反抗心とか、 不正に対しての怒りとかを抱きやすいのは、なぜだろう?と言うのも、この頃のテーマでした。

セドナ初日、レッドロックランチから、壁画のある渓谷に向かう途中に、車が揺れて第2チャクラと、第3チャクラを鷲掴みにされるようなゾクゾクッとした感覚に襲われた時、「馬車がひっくりかえる!!」と言う感覚が襲いました。ここで私は白人の馬車を襲った事があるのかもしれません。

その後、毎日、朝と夜に瞑想して自分のネイティブ・アメリカンの過去世を見て行ったのですが、自分が白人にだんだん追い詰められていく時代のネイティブアメリカンのある部族のチーフだった事、かなり白人に敵対心を持って、好戦的だった事、しかし戦いの中で自分の娘を亡くし、そこで自らに戦う事の意味を問い、戦う事ではなく、和平への道、白人との交渉の中で不利な条件で講和を結んでも、自分の率いる部族の存続と残った人達が
命を繋ぎ、次世代に自分達の魂や精神を繋いで行く事を選択したのです。

そして、その時、対決していて、最後に講和を結んだ相手の白人の代表者がその頃、私が怒りを感じていた仕事場の人だと言う事も分かりました。

過去世の私は、自分が下した決断は「これしか方法はなかったのだ」と、思いながらも、自分達の誇りが守り切れなかった事、自分が下した決断が本当に正しかったのか?と言う事を自問自答し、また白人に対して許せない、こんな事が本当は許されるはずはない、いつか予言が成就して、この者達は滅びるに違いないと言う思いを残したまま亡くなったようです。

スウェットロッジを受けた時に感じた事。

そして、全ては繋がっている事、怒りを感じる事があっても、全ては 繋がっていて、それは自分にも繋がっている事。

そして大事なのは許す事。

そう、同室のtaeさんも言っていましたが、私たちのツアー参加者に共通しているテーマはきっと「許し」「許す事」。

セドナ滞在中は、ネイティブアメリカンの過去世で解放出来なかった「許す事」に取り組む日々でした。

まず、過去世で白人の交渉相手だった、仕事場で怒りを感じていた人を許しました。そして、その人と、その人の過去世もヒーリングしました。

そして自分の過去世をヒーリングし、自分の下した判断は間違っているも何もなく、全て必要な事が起こっただけ、全ては繋がっていて、自分を責めたりする必要もないのだと言う気持ちで癒していきました。

それでもやっぱり「怒り」や「許せない」と言う感情は残るんですよね。そして、その「許せない」自分が許せなくて、また自分を責めてしまったり。

ある日、部屋に遊びに来ていたHさんと、同室のtaeさんと、このテーマについて話していた時に、Hさんが
「その許せない自分を許してしまえばいいんだよ」

そうなんですよね、その許せない自分を許せないではなく、その自分そのものを丸ごと許してあげればいいんですよね。その事が腑に落ちてから、私の解放はどんどん進んでいきましたshine
本当に帰る頃には、本当にすっきりnotesign01

これで、私のセドナ旅行記はひとまず終了です。長い日記を読んで下さって、ありがとうございましたhappy01

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セドナから帰って来ました

セドナから帰って来ました
昨日、セドナから帰って来ましたhappy01note

本当に素晴らしい土地でしたねheart04
暖かく包み込むような優しさと包容力、そして力強いエネルギーを感じましたshine

自分自身の過去世を見つめ、浄化する旅でもありました。

スウェット・ロッジの体験も、あの灼熱と酸欠状態から、よく逃げ出さず最後まで頑張れたと思いますcoldsweats01
まさにもう一度生まれ変わったと言う感じ。

写真も良いものが撮れたと思うので、なるべく早めに日記をUpしますね。

また、詳しい事は改めて書きますwink

写真はヴォルテックスの一つ、カセドラルロック

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