セドナへの旅行は、行く前から断片的に見えていたネイティブアメリカンとしての過去世の画像を繋ぎ合わせ、その頃、私の中で浮上していた様々な感情的な問題との繋がりを見て行き、浄化し癒していく内面への旅でもありました。
ネイティブアメリカンとしての過去世の画像は、ヒーリングのスクールが始まった2年半位前に断片的にアメリカ中西部の草原や山脈、そして馬に乗った壮年の男性の姿が、うとうとしている時に見えていた位でした。
去年の11月、バリ舞踊仲間のTちゃんのリーディング・セッション中に彼女のオーラの中にネイティブアメリカンの若い、髪を三編みをした女性の姿が見えたので、その事を彼女に伝えました。その女性は彼女の過去世の女性、彼女にとって大切な鍵になる画像なのです。
その画像は彼女にピタッとはまったらしく、「自分でもなぜかずっとその様に感じていたし、アメリカ中西部の大地の映像を見ると懐かしくて、私はここにいたことがあるんだ、と感じていた」と、言っていました。
私はそのTちゃんと一緒に踊る事もあり、ちょうどその頃、一緒に練習をずっとしていました。以前から彼女と一緒にいると、彼女が可愛くて、守ってあげたいと言う気持ちになるし、実際、よく抱き合ったり、私が彼女の頭をナデナデしたりしていた、それがすごく自然な事のように思えていたのです。
そして、セドナに行く前に、私とセドナ、ネイティブアメリカンの過去世と繋がりを瞑想中にずっとたどって見て行く日々が続いていました。
そうしたら急に「守れなかった私の娘」と、言う言葉が降って来た。ハイアーセルフからの情報です。
その時、急に「Tちゃんは、ネイティブ・アメリカンの時の私の娘だったのだ」言う事が分かりました。戦いの中で彼女を亡くしたのだと言う事も分かりました。
そして、その頃と時を前後して、私は仕事場で起こる様々な出来事に、怒りがこみ上げてくるのを押さえられない日々を送っていました。
私に直接降りかかった問題ではなかったけれど、ある部署で様々な問題が発生し、3人もの事務の女性が辞めていっていました。
あまり詳しい事は書けないのですが、その辞めていく女性達のやっていた仕事を私が以前していた事もあり、その量はベテランの私でもこなせないと言うような内容と量だったのです。そのうちの一人からは相談を受けていた事もあり、もともと正義感の私は、自分に直接関係ない事なのに、その辞めていく人達の上司への怒りがこみ上げてくるのを押さえられなかったのです。
瞑想中にいろいろワークして、少しは軽くなっても、また同じような感情が湧いて出てくる。
自分がすごく正義漢だったり、権力に対する反抗心とか、 不正に対しての怒りとかを抱きやすいのは、なぜだろう?と言うのも、この頃のテーマでした。
セドナ初日、レッドロックランチから、壁画のある渓谷に向かう途中に、車が揺れて第2チャクラと、第3チャクラを鷲掴みにされるようなゾクゾクッとした感覚に襲われた時、「馬車がひっくりかえる!!」と言う感覚が襲いました。ここで私は白人の馬車を襲った事があるのかもしれません。
その後、毎日、朝と夜に瞑想して自分のネイティブ・アメリカンの過去世を見て行ったのですが、自分が白人にだんだん追い詰められていく時代のネイティブアメリカンのある部族のチーフだった事、かなり白人に敵対心を持って、好戦的だった事、しかし戦いの中で自分の娘を亡くし、そこで自らに戦う事の意味を問い、戦う事ではなく、和平への道、白人との交渉の中で不利な条件で講和を結んでも、自分の率いる部族の存続と残った人達が
命を繋ぎ、次世代に自分達の魂や精神を繋いで行く事を選択したのです。
そして、その時、対決していて、最後に講和を結んだ相手の白人の代表者がその頃、私が怒りを感じていた仕事場の人だと言う事も分かりました。
過去世の私は、自分が下した決断は「これしか方法はなかったのだ」と、思いながらも、自分達の誇りが守り切れなかった事、自分が下した決断が本当に正しかったのか?と言う事を自問自答し、また白人に対して許せない、こんな事が本当は許されるはずはない、いつか予言が成就して、この者達は滅びるに違いないと言う思いを残したまま亡くなったようです。
スウェットロッジを受けた時に感じた事。
そして、全ては繋がっている事、怒りを感じる事があっても、全ては 繋がっていて、それは自分にも繋がっている事。
そして大事なのは許す事。
そう、同室のtaeさんも言っていましたが、私たちのツアー参加者に共通しているテーマはきっと「許し」「許す事」。
セドナ滞在中は、ネイティブアメリカンの過去世で解放出来なかった「許す事」に取り組む日々でした。
まず、過去世で白人の交渉相手だった、仕事場で怒りを感じていた人を許しました。そして、その人と、その人の過去世もヒーリングしました。
そして自分の過去世をヒーリングし、自分の下した判断は間違っているも何もなく、全て必要な事が起こっただけ、全ては繋がっていて、自分を責めたりする必要もないのだと言う気持ちで癒していきました。
それでもやっぱり「怒り」や「許せない」と言う感情は残るんですよね。そして、その「許せない」自分が許せなくて、また自分を責めてしまったり。
ある日、部屋に遊びに来ていたHさんと、同室のtaeさんと、このテーマについて話していた時に、Hさんが
「その許せない自分を許してしまえばいいんだよ」
そうなんですよね、その許せない自分を許せないではなく、その自分そのものを丸ごと許してあげればいいんですよね。その事が腑に落ちてから、私の解放はどんどん進んでいきました
本当に帰る頃には、本当にすっきり

これで、私のセドナ旅行記はひとまず終了です。長い日記を読んで下さって、ありがとうございました
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